ホテルは、クロアチアの世界遺産の一つ、
プリトヴィッツェ湖畔国立公園の入口近くにあった。
 
旅の楽しみの一つは朝食前の散歩だ。
それもホテルを出るのは日の出前でなければならない。
目的地があるわけではない。
道順が決まっているわけではない。
空の明るさで東を探し、できれば朝日に向かって歩きたい。

暫くは誰にも遇わなかった。
視線の先に鮮やかな嘴のブラックバードが動いた。
私を導くように先へ移動して、小さな花の群生する中で止まった。
わたしと目が合うと、役目を果たしたよと言わんばかりの顔をして
飛び去った。
空が明るくなり、もうすぐ朝陽が昇るだろう。

カメラのファインダを覗きながら花に声をかける。
わたしの声に明るく答えてくれる花もあれば、無視する花もある。
いや、無視ではないだろう。
返してくれる言葉を探しているだけなのだ。
そう想いつつシャッターを切る。

そよ風に撮影を邪魔されることもあれば、手伝って貰えることもある。
焦点を合わせた花の隣の花に
「ちょっと左に寄ってくれないかな?」とつぶやく。
「あなたが左に回れば」と言われる。
素直に従う。
 
すれ違いざま目をそらす花がある。
そのまま二、三歩通り過ぎ、やはり気になって振り返る。
あちらも振り返っていて視線が合う。
歩を戻して、改めてシャッターを切る。
 
どこかで会って名前を聞いているはずなのに思い出せない。
すぐに思い出せるさ、
と自分に言い聞かせつつシャッターボタンを押す。

花との出遭いに夢中になってしまった。
朝食の時間が近い。
ホテルに戻る道を探しながら、少し急ぎ足になる。
それでも、レンズキャップは外したまま。

いい散歩だった。
こんな時間を朝食の前に過ごすことが出来れば、
その日の計画など取りやめになってもよい、
と思いたくなるほどだ。
 
でも、朝食が済めば、
気分は変わる。
    
inserted by FC2 system