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昨日でした。
この椅子に掛けて編み物をしていると、
『いつもと風が違うみたい』と感じたのは。
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「ニセアカシアの下に空色のベンチがありますから。そちらで。」
どうして「その前のカフェで」と言えなかったのでしょうね。
40年ぶりに耳にするあなたの声に、年甲斐も無く動転していたのですね。
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あなたの方が先にお着きでした。
私を見つけると急いでタバコの吸い差しを灰皿にお差しになって。
そのしぐさは昔のままでしたね。
「歩きましょうか?」
「そうですね。」
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「秋のアジサイもいいものですね。」
嬉しくなりました。
あなたも私と同じように歳を重ねておいででした。
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「我が家と同じデザインですよ、あの椅子は」
「読書なさっていると、奥様がお茶を?」
「はい。そんなこともありました。」
「ありました?」
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「どちらにお掛けになりますか?」
「右側に。」
即座にお答えでしたね。背もたれの波型と、何よりも肘掛で囲まれたくない
自由さがお好みでしょう?
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ジャケットの内ポケットから取り出した包みを差し出しながら、
「すまないけど、これを巻いてあそこに掛けてくださる?」
包みを開けると、私の好きなもえぎ色のスカーフ。
「これを?」
「はい。」
シャッターを押したあなたは満足そうでしたね。
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「今度はあのベンチに。右端がいいです。」
掛けながら膝の包みを見直すと、ロンドンのデパートの名前。
そして薄くなったインクの日付は私が結婚した年。
あなたは披露宴にお見えにならなかった。
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「次にお会いする時は、ここで紅茶をいただきましょうか。」
「そうだね。」
やっとあなたらしい口調になりましたね。
バラの香りに包まれる季節がいいですね。
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色づいた白樺の葉を揺るがして流れてくるちょっと尖った風が好き。
でも、薄い緑の葉を揺るがして白樺が流してくれる柔らかい風は、
もっと好き。
あの白いベンチに並んで掛けるのは、その柔らかい風が流れるときまで
とっておきましょう。
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この屋根の下でお話していると、今日までの40年を、あなたと並んで歩いて
来たような気分になりました。今日はご返事できませんでしたね。バラの芽が
膨らむ頃には、昨日よりいい風が、私の背中を押してくれるでしょう。そしたら、
あなたのためのお部屋を用意できるかもしれません。
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蓼科高原 バラクラ イングリッシュ ガーデン にて
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