「山路を登りながら、こう考えた。・・・・
意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。・・・・・・」(草枕)

出発の時間が遅すぎた。その日やりたいことがいくつかあった。
どれにしようか考えた。
ここのところ秋空が青く澄み渡った日に部屋の中で過ごす日が多かった。
今日は折角の秋空だ。車を走らせよう。

バッグにカメラを入れ、西沢渓谷に向かった。
入り口に到着した時には、既に紅葉を堪能しきったという顔つきの列が
「今頃からどこまで行く気なの」と訊いているようだった。
そう、いまから登っても、最初の滝に到着する頃には、もうシャッターを切れる光は
望めないだろう。

道を逆に登った。
沢側の木々の間から西日に照らされた向いの山の紅葉がまぶしかった。
ゆっくり歩きたい気持ちと速く歩かないと光がなくなるというあせりの中で
曲がり角の向こうに紅葉を期待しながら登った。

前方にベンチがあった。
まだ腰掛けたいほど疲れてはいなかったが、そこからは鶏冠山を遮るものなく
望むことができた。

その時、上の方からシニアの夫婦が下りて来た。
ベンチに腰掛ける雰囲気だった。

そしらぬふりをしてベンチは素通りした。

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