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麦には思い出が詰まっている。
秋 澄み切った空の下できれいに均した土にさくを切り種を蒔く。
冬 南アルプスの全容を盆地の彼方に眺めながら麦を踏む。
春 薫風に身をうねらせて光り輝く新緑の穂。
初夏 雲雀が舞い上がった後に走り、巣を見つけた興奮。
麦秋 麦踏みで折れ曲がった根元の強さを確認しつつ
ザクッ、ザクッと鎌で刈る。そして脱穀。
夏 麦わらが燃えてお盆の迎え火。
麦わらをきれいにすき虫かごを編む。
麦わらをきれいにすき捕まえたトンボの尾を差し込む。
そして、湯気を立てて食卓に乗る釜揚げの手打ちうどん。
広い打ち台の上を手の一部のように麺棒が転がった。
最後となった釜揚げは灼熱の盆地の夏。
あれを越えるうどんは
ない。
まもなく母の日。
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