「紀子です。茂男?」
紀子は茂男の返事も待たずに、茂男と同じ高校に決まり、これから手続きに行くところであること。茂男の母から、茂男が水仙が好きだと聞いていたので、出掛けに自分で庭から切ってきたこと。高校ではテニス部に入る積もりであること。一方的に話すと、
「今度は学校で会えるかもしれないわね。じゃっ、これで。伯母ちゃんによろしく」と言いながらにこっと笑い、踵を返すと、そのまま生垣の向こうに消えた。
高校を卒業するまで毎年、春になると紀子は茂男に水仙の花束を持ってきてくれた。茂男は高卒で就職が決まり上京した。三年経った春の日曜日。その日紀子は、黒のビロードのワンピースで駅のホームに降り立った。透明にラッピングした水仙の花束を胸に抱えていた。
「はいっ」
「ありがとう」
二人は神宮外苑を話しながら歩いた後、レストランで軽い食事をした。
茂男が仕事を辞めて大学に入る決心をしたことを話すと、紀子は喜び、励ましてくれた。しかし、茂男は、紀子の顔に何故か落胆に似た表情を見たような気がした。
紀子から水仙の花束を受け取ったのは、それが最後になった。
「あの春、紀子は持ち上がった結婚話に気が進まなくて、茂男に会いに行ったようだよ」。
何年か経ったある日、茂男は母から聞いた。
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