水仙 (その1)
                  

  茂男が従姉の紀子に初めて会ったのは、というより、紀子という従姉がいることを初めて知ったのは、伯父の葬式の時だった。 頬に冷たい風の当たる二月、茂男は伯父の葬送の列の中にいた。すぐ後ろにいた姉が茂男の肩を叩いて「あれが従姉の紀子だよ」と茂男のすぐ前を歩く女の子を指差した。ゆっくり歩く葬送の列の中で、黒のワンピースを着た女の子の白い丸襟が茂男の目に焼きついた。

  読経が終り、埋葬が始った。紀子はくるっと振り向くと、持っていた花の中から水仙二本を茂男に差し出した。「あっ」と言葉にならない声を発して、茂男はその二本の水仙を紀子から受け取った。茂男には紀子の顔を見る余裕も無かった。大人たちは次々に花を棺の上に投げ入れていた。「茂男もほらっ」という母の言葉に、反射的に持っていた水仙を棺に向かって投げ入れた。「しまった」という声を飲み込んだ。家への帰路、姉が紀子は茂男と同い年であると話してくれた。

  茂男が、高校の入学式を待つだけという春の日々を、留守番を買って出てのんびり過ごしていたある日、玄関に客があった。水仙の花束を胸に抱いた女性が立っていた。

「紀子です。茂男?」
紀子は茂男の返事も待たずに、茂男と同じ高校に決まり、これから手続きに行くところであること。茂男の母から、茂男が水仙が好きだと聞いていたので、出掛けに自分で庭から切ってきたこと。高校ではテニス部に入る積もりであること。一方的に話すと、
「今度は学校で会えるかもしれないわね。じゃっ、これで。伯母ちゃんによろしく」と言いながらにこっと笑い、踵を返すと、そのまま生垣の向こうに消えた。          

  高校を卒業するまで毎年、春になると紀子は茂男に水仙の花束を持ってきてくれた。茂男は高卒で就職が決まり上京した。三年経った春の日曜日。その日紀子は、黒のビロードのワンピースで駅のホームに降り立った。透明にラッピングした水仙の花束を胸に抱えていた。
「はいっ」
ありがとう」
二人は神宮外苑を話しながら歩いた後、レストランで軽い食事をした。
茂男が仕事を辞めて大学に入る決心をしたことを話すと、紀子は喜び、励ましてくれた。しかし、茂男は、紀子の顔に何故か落胆に似た表情を見たような気がした。
紀子から水仙の花束を受け取ったのは、それが最後になった。

「あの春、紀子は持ち上がった結婚話に気が進まなくて、茂男に会いに行ったようだよ」。
何年か経ったある日、茂男は母から聞いた。

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