水仙 (その2)
                  

 その日の紀子には、従弟の茂男を探すことが何よりも大切なことに思えていた。以前、親戚の写真を見ていた時、紀子は自分と同じ年恰好の男の子を見つけて、それが従弟の茂男であることを母から聞いていた。

 伯父の葬列の中に入って歩きながら、紀子は母の持つ花の中から水仙を分けて貰うと、母から離れ、急ぎ足で茂男の前に割り込んだ。振り向くことは出来ず、うつむき加減に歩いた。うなじに茂男の視線を感じていた。体の揺れに合わせて、胸に抱いていた水仙が揺れ、花びらが紀子の唇に触れた。

 埋葬が始まると、紀子は墓穴の向こうへ廻った。茂男が見えるように。紀子は大人にならって投げ入れた水仙が土に落ちるのを見届けると、その視線を茂男に向けた。茂男が水仙を投げ入れるや、「あっ」と声を発したように紀子には思えた。だが家路につきながら、声を発したのは自分だったのかもしれない、と思われてきた。
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 紀子は茂男とクラスは違ったが同じ高校へ通った。紀子は春になると庭の水仙を切り取り、通学の途上に茂男の家に寄って、茂男に手渡した。茂男は進学するものと思っていた紀子は、茂男がどこも受験していないことを卒業式に知った。茂男は遂にその理由を紀子に打ち明けないまま、就職のため上京した。

 3年が過ぎ、庭に水仙の芽が出始めると、紀子に結婚話が持ち上がった。積極的に断ることをしていないうちに、父が話を進めてしまっていた。
「紀子、いいの?」母が訊いた。
紀子はそれに答えず、庭に出て、一本、また一本と、茂男との間を結んでいる糸を断ち切るように、水仙を鋏で切り取っていった。「これが最後ね」と呟いたが、声にならなかった。


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