ほうずき (その3)
                  

 あと一突きで金魚の腹が割れる。棒切れを持った修二の手が止まった。
あの瞬間、これも自分なのかと、修二は呆然とした。あの出来事を思い出すたびに、修二は、ふうっと息を吐き、止まってくれた手を見つめる。

 あれは修二が小学生の夏の日のことだった。父と、小麦をリヤカーに積んで精米所へ行った。精米所はクラスメートの圭子の父親が経営していた。小麦の粒が小麦粉とふすまになるのを待つ間、父は圭子の父親と話をしていた。修二はモータの回転が長い幅広のベルトを伝わって製粉機を廻すのを見ていたが、それにも飽きて、精米場の外へ出た。庭の隅の赤い鬼灯が目に入った。近づくと、鬼灯の木の隣に直径40センチほどの穴があり、水面に映った小さい夏空の向こうに、数匹の真っ赤な金魚が泳いでいた。精米所には何回も来ているのに、この穴には気付かなかった。修二はしゃがみこんで、夏空を泳ぐ金魚を見ていた。

 

 修二は精米所に来る直前に、ほおずき作りに失敗したのを思い出した。朱色の実を丁寧に木から取り、姉にならって、ゆっくりと指で揉んだ。実の中の種が少しずつ外れていった。爪楊枝で穴を開け、種を少しずつ、丁寧に出していった。もう少しというところで、鬼灯の口穴が破れてしまった。傍の姉は、もう口に入れたほおずきを上手に鳴らしていた。

 修二は近くにあった一メートルほどの棒切れを手に取ると、夏空をつつくように、金魚の一匹を目掛けて突き下ろした。何回か外れた後、金魚を突付くことのできそうなことを確信すると、修二は同じ金魚に狙いを定めて棒切れを突き下ろし続けた。この一突きで金魚の腹が割れる。そう思った瞬間、修二の手が止まった。いや、止まってくれた。修二は急いで母屋の二階にある圭子の部屋の窓を見た。圭子の姿は見えなかった。修二は立ち上がり、棒切れを庭の一番遠い隅に放り投げた。その時、あの棒切れの先端が最初から濡れていたような気がし始めた。足元の鬼灯が再び目に入った。修二は金魚の穴から逃げるように、しかしゆっくりと精米場に入った。

 「一匹怪我しているけど、全部元気よ。」
数日後、学校からの帰り道で遠回しに訊いた修二に、圭子は正面を向いたままさらっと答えた。


   
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