ほうずき (その4)
                  

「誰? ほうずき持って来たひと。」
涼子は席に着きながら隣の席の道子に訊いた。教壇の脇の花瓶に朱色のほうずきを付けた枝が2本差してあった。
「俺。」
道子が答えるより先に、後ろの席の修二から返事が返ってきた。
「いい色ね。」涼子はそう言うのがやっとだった。
涼子も今日、庭のほうずきを教室に持って来ようと思っていた。
夜更かしで寝坊して、今朝は切り取る時間がなかった。

夜更かしの原因は妹の清子だった。
涼子は昨夜、いつものように、机の上に置いてあるフォトスタンドの中の清子に「おやすみ」を言って寝床に入ろうとした。スタンドの脇の「ほうずき」と書いたメモが目に入り、去年の夏、家族旅行で長野へ行った時のホテルでのシーンを思い出してしまった。

ホテルの部屋の窓から庭にある池が見下ろせた。池の端に朱色の点に見えるのは
ほうずきかもしれない、と涼子は思った。
「行ってみない?」
清子が誘った。


「家のより綺麗ね。
涼子が言うと、それには応えずに、
「あの金魚美味しそう。」
と池の中を指差して清子が言った。
清子の指差す先の金魚の鮮烈な赤を目にして、涼子は言葉が返せなかった。
その秋、清子は初恋の色も知らぬまま、白血病で逝ってしまった。


清子は何を言おうとしたのだろうか。ずっとそれを考えてきたけれど、涼子にはまだ答えが見出せずにいた。昨夜も寝床でその問いを繰り返していた。


涼子は学校から戻ると、鞄を居間に置いたまま、精米場の庭に向かった。今朝切り取ろうと思っていたほうずきの傍にしゃがんだ。修二が持ってきたほうずきの方が色が鮮やかだったように思えた。


ほうずきの脇に小さい堀があり、中に金魚がいる。清子が逝ってから涼子の発案で、清子が鉢にいれて飼っていた金魚をこの堀に放したのだった。涼子の手は近くにあった棒を掴み、金魚目掛けて突き始めた。手だけが夢中になって動いている感じだった。どれ位の時間が流れたのか、堀の底まで届いた棒がかき混ぜた土で水は濁り、金魚は見えなくなり、涼子の手はやっと止まった。

涼子は棒を近くに投げ捨てて母屋に戻ったが、二階の自分の部屋には上がらず、居間の座布団に座り、障子のガラス越しに精米場の庭の方を焦点も定めずに眺めていた。修二が父親と一緒に庭に入って来たのが目に入った。


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