紀子は押入れから花器の紙包みを取り出した。外側の包み紙を解くと、高校を
卒業した春、上京するために乗った電車の窓を開け、駅のホームの茂夫から受
け取った時の包み紙が現れた。その紙を丁寧に解いた。織部の一輪挿しが現れ
た。流しで水を入れ、短めに切った黄色のフリージアを挿すと、そのまま作業場へ
行き、隅の台の上に置き、ちょっと形を整えた。仕事に懸命な夫には声をかけず、
作業場を出た。ドアを閉めつつ振り返り、織部に挿された黄色いフリージアを確
かめた。作業場の隅に、自分の心が佇んでいるように、紀子には思えた。
夕飯の用意をしている紀子に、昭和産業の購買担当者らしい人の声が、かす
かに、しかしなぜか懐かしい音のように聞こえた。紀子は作業場のフリージアを
思い、いつもの年のように春を感じていた。
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