高校を卒業した春の故郷の駅。上り電車は既にホーム入っていた。茂夫は
焦っていたが、ホームを小走りしながら捜し、車窓の奥に、セーラー服から
ワンピースに変身した紀子の姿を見つけることができた。茂夫は手まねで窓を
開けさせ、紙に包んだ一輪挿しと黄色いフリージアを紀子に渡した。
「ありがとう」
「元気で」
他の客に一斉に見られているような気がして、茂夫はそれ以上言葉をかけら
れず、手を小さく振るのがやっとだった。電車はゆるやかにカーブを切り、窓から
振られた紀子の手は見えなくなった。
何回かの春が過ぎた年の晩夏に、茂夫は紀子からの手紙を受け取った。
「過ぎ行く夏が私の青春に挽歌を口ずさんでいるようです。縁あって、この秋
結婚することになりました。私の青春に彩りを添えてくださったあなたに、こころ
からのお礼を申し上げます。この先どのような人生が待ち受けているのか知れ
ませんが、春になったら、織部の一輪挿しに、黄色いフリージアを挿し、私の
心を解き放ちたいと思っています。」
「ありがとうございます。毎年この季節になると、家内がこの花瓶を出して、
この黄色い花を挿すんですよ。」茂夫の「いい香りですね」の言葉に、下請け
の工場主が腰を折りながら答えた。
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