改札機から抜き取った定期券を内ポケットに仕舞いながら、紀夫は今日が結婚記念日であることを思い出した。結婚記念日には真紅のバラを買うのが紀夫のここ何年もの慣わしだった。しかし、今日はどういうわけかそれを忘れていた。改札脇の花屋には、今日の結婚記念日に必要な18本の真紅のバラは無かった。店の奥のほうにあったスイートピーの淡い色が紀夫の目に留まった。
「スイートピーか。いいかもしれないな。」
紀夫はピンクのスイートピーだけを30本、プレゼント用の束にして貰った。薄紫も、白も、そして黄色もよかったが、結局ピンク一色にして貰った。理由は無かった。ただ、ピンク一色がいいと思っただけだった。
駅から自宅までの歩道をピンクの花束を持って歩くのは、どうも落ち着かない。行きかう人の目がいやおう無く紀夫の方に向かってきているような気がした。うつむき加減に歩道を歩きながら、紀夫は結婚当初のことを思い出していた。
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