スイートピー        (その14)
                  

紀夫は今年もバラを買ってきてくれるだろと思い、圭子は花器を用意しながら、長男を初めて胸に抱いた日のことを思い出していた。あの年、長男の顔を見ながら、圭子は自分の気持ちが吹っ切れたことに気づいた。圭子はスイートピーの種を買うのを止めた。

あれは、俊夫とのはじめてのデートの別れ際だった。改札へ向かおうした圭子を待たせて、俊夫はピンクのスイートピーの花束を買ってきてくれた。
「ちょっと照れるなあー。こんなこと初めてだからなあー。」
「私も、花束貰うのって生まれて初めて。」

中学、高校と一緒だった俊夫とのデートは、いつまで経っても友達との遊びの域を出なかった。結果として、二人を両天秤にかけていたことになるが、俊夫とのデートの回数が減り始めたある日、俊夫が入院しているのを知った。

圭子は俊夫を病室へ見舞った。

スイートピーをベッド脇のテーブルの上に活け終わった女性が、軽く会釈しながら圭子と入れ違いで病室を出て行った。
「スイートピー持ってきたけど、ダブっちゃったのね。」
「ありがとう。君のスイートピーは特別だよ。思い出すなー。」
「ええ。」

病室を出た圭子は、俊夫が既に遠くへ行ってしまったことを悟った。

圭子は、残された選択肢に従い、気持ちの整理がしっかりつかないまま紀夫と結婚した。
その年の秋、圭子はスイートピーの種を蒔いた。最初の結婚記念日が過ぎてから咲いたスイートピーの花は、可憐で弱弱しく見えたが、蔓はしっかりと支柱にまとわりついているのを見て、圭子は戸惑に似た感情を抱いたのに気づいた。

スイートピーの種を買わなくなってから何年経ったのだろう。答えを出す前に、圭子はもう、今年も紀夫の手から渡される真紅のバラを想像していた。

  

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