茂男の起床が遅かったので、土曜日の朝食はブランチになってしまった。食事の片付けを済ましたが、今日は茂男がコーヒーを淹れに台所に来ない。たまには私が淹れようかと紀子はミルを棚から下ろし豆を入れた。ハンドルを回し始めて、今年が結婚30周年であることを思い出した。
お湯が沸く間にと思い、もう何年も見なかったアルバムを書棚から取り出してきた。カウンターに置き、どのページとも決めずに開くと、紀子がミモザアカシアの下に立っていた。紀子は懐かしさがこみ上げ、新婚旅行よりも、大学に入る前の春のことを想い出していた。
紀子の家の庭には当時としては珍しくミモザアカアシアの木があった。春になると庭の一隅をひときわ明るくしてくれた。紀子は春の庭のその一隅に自分の学習机の椅子を持ち出し、クッキーと大き目のカップのミルクティーで紀子の文学の世界に遊んだ。それが中学生の頃からの春の楽しみだった。
紀子が高校を卒業する春のことだった。いつものようにミモザアカシアの梢の下でミルクティーとクッキーで紀子の文学の世界に遊んでいると、生垣の向こうの通りを歩いていた人が立ち止まったように思われた。暫くして立ち去る靴音がした。
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