出張の疲れを多少引きずった気分で階下に下りてきた茂男の目に入ったのは、黄色いキンシバイだった。バイカウツギはまだ咲いていないのかな、と思いつつ居間に向かった。庭の奥に白いバイカウツギの咲いているのがガラス越しに見えた。妻の紀子は毎年バイカウツギを飾ってくれるから、二、三日待ってみよう。そう思いつつ、初めてロンドンへ出張したときのことを茂男は思い出していた。
日本が梅雨入りの時期だった。同僚から、梅雨の間ずっとロンドンにいられるのはいいよなぁ、と言われた。そんなものかと思いつつ、茂男は仕事以外の一つの期待感を膨らませていた。社長秘書のジャニス・トンプソンに会えることだった。
通信手段としての手紙や電報やテレックスの文章から、茂男はジャニスのイメージを完璧に作り上げていた。バイカウツギ。花の名前などあまり知らない茂男だったが、バイカウツギだけは特別だった。ジャニスを花に譬えたい。茂男は真剣に図鑑を探したのだ。
ジャニスの印象は茂男の期待を裏切らなかった。
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