昨夜ロンドンから帰った疲れで夫の茂男はまだ起きていない。茂男が起きてくる前に花を替えよう。そう思って紀子は庭に出た。花の終わったツツジとシャクナゲの奥に、バイカウツギとキンシバイが咲いていた。紀子は一瞬迷ったけれど、黄色いキンシバイを一枝切った。両手が露で濡れた。そのまま玄関へ向い、用意しておいた黒い竹組みの花かごに挿して、履物入れの上に置いた。どうしてバイカウツギを切らなかったのだろう。ふと湧いた疑問を詮索する代わりに、紀子の回想が始まった。
翌日に新製品発表会を控えていた日のランチタイムだった。同期の岡野伸治が取引先の女子社員と婚約したとの話を同僚から聞いた。紀子は平静を装うのに懸命になった。
その日の午後は仕事に集中できない半日だった。アパートに帰り、翌日のパーティー用に、半ば岡野伸治を意識して用意しておいた洋服を箪笥に戻した。何にしよう。兎に角、心の浮き立つようなものを着る気分ではなかった。迷いに迷った末に決めたのは、白の襟なしのピンタックブラウス。背中に丸い小さいボタンが一列に並んでいる。下は、もえぎ色のジョーゼットを2枚重ねたロングスカート。ベルトはねずみ色に近い茶色。
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