「来週の火曜日にニッコウキスゲを撮りに霧が峰へ行ってきますから。」
紀子は台所で食器を拭きながら夫の茂男に言った。
「天気は大丈夫かな。」
茂男はそう言いつつも既に自分の世界に踏み入れていることが紀子には分かった。
紀子は去年デジカメを買い区内の写真クラブに入れて貰った。ニッコウキスゲの最高にきれいな時期を狙って日帰りで撮影に行こうという企画に参加することにした。茂男が初夏になると「夜のニッコウキスゲもいい」と言う。できればそれを見たいと思っていたのだが、今回も見送りとなった。
紀子と結婚してから茂男は霧が峰へは行ったことがないのだから、「夜のニッコウキスゲもいい」といわせるニッコウキスゲを茂男が観たのは結婚する前ということになる。茂男に聞くといつも「学生時代だよ。」と簡単に答えるだけだった。紀子もそれ以上は訊いたことがなかった。
茂男との結婚を秋に控えた初夏のデートの夜だった。
「夏に霧が峰の夜のニッコウキスゲを見に行こう。」
と茂男が言った。
「泊まるということ?」
と言って「それは無理よ。」と続ける前に、
「外泊はだめだよね。」
と茂男が言った。
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